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唯我独尊 [ためいき]

ここの所自分のことが少しく気にくわない。電車に乗るとすぐ座ろうとする。銀行で並んでいると前のお客さんがもたもたしてイライラする。人の文句が気になる(駅員や店員に対しての)。神社などのお参りについ自分のことを先にお願いしてしまう。困窮者にもしかしたら本人のせいではないかと思ってしまう。赤ん坊の泣き声にムッとしてしまう、子供に騒がれるとやはり機嫌が悪い。だんだん我儘が効かなくなってきているのは年齢のせいか・・・、いやそれだけではないだろう。一方で昔なら走って行ってやっていた喧嘩の仲裁などをしなくなった。非法行為への注意もしなくなった。こちらも年齢のせいだろうか。「義を見てなさざるは勇無きなり」だ、係わりたいわけではないが見過ごせなかったのに。本当に心まで保守的になってしまうのか、 人に対しても保守的で外の人となかなか打ち解けられない。社交的でしゃべりと言う外見は自分で自分用に作り上げた幻想の鎧。しかしこれからは人の世の鎧を身にまとうことになる。どれもこれも気にくわない、人はナチュラルによって人に愛され自然と同化する。生きて行くのに過去の自分は邪魔ですか?私は過去の自分の方がお手本です。汚れた今の方がおぞましいから。
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リトライヒスイ [たび]

今年はもうヒスイ拾いに行けないなあ。9月の連休は旭川に行くし、行けるとしたら10月だよなあ。そのころには日差しも弱くなってしかもまだ波も穏やかだろう。後は歩き回る体力が衰えている、崩れやすい砂利や砂浜を歩くのは思うよりしんどい。姫川の河原も思ったより行き難いし、青海の海岸は長い、市振は短いが大きな砂利が歩きにくい、宮崎海岸が一番歩きやすい。今までで一番戦果があったのが宮崎海岸で、意外と青海は相性が悪い、親不知はいいのだが如何せん海岸が短すぎる。ネフライトやメノウは親不知が良くとれる、特に青いネフライトは。何処でもまだ大きいものロウカンクラスは出会えていない。毎年少しずつ増やしていこう。
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秋が来る前に [うた]

日差しが心なしか弱くなったようだ
山々が少し近くなった気がする
入道雲も少し痩せてきたかな
夏がもうどこかへ行ってしまいそうな
そんな午後だから
少しだけ思い出話で時間をくれないか
また秋が来て冬になり
白いブラウスと白い帽子を忘れてしまわないように
ねえ聞いている?
僕のことどう思っているの?
このまま離れたら最後になってしまいそうだから
振り返った時にはもういない
だから今言わせて好きだと

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余裕を無くす [ためいき]

何でもそうだが余裕をなくすと言うのは最悪の結果を招く気がする。先日ある人がパソコンマイクロソフトから直接アラームが来てウィルスに感染したと言う。あわてて、そのタグの場所に電話をしてしまった。すると変な言葉の人がでてきて指示されたようにやって見事に数万円とられたと言う。実は一昨年に自分も引っかかってしまったことがある。これなんだとバナー広告に移動して引っ掛かったのだった、投資アダルトで引っ掛かる人が多いと言う。これも、突然の警告音や音声での警告と言う人があわてやすいモノを悪用している。時々このような犯人を頭がいいと言う人がいるが、決してそうではないらしい。普通の窃盗犯にもこんなあわてさせ窃盗は昔からいる。やっぱり何が来ても余裕がないとダメだ、巧遅は拙速に如かずも常ではない。政治もそんなことをしている暇はないと言う人がよくいるがその暇がない時間がないで悪人は必ず得をする。
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蕎麦の里 [たび]

磐越西線で山都へ行った。わかる人にはわかるだろう蕎麦の里だ。蕎麦を水の入った椀に入れて食べ水蕎麦が有名だ。わざわざ列車で来る人は少ないであろうかの地で列車で行った。何店か有名な店はあるが歩いていける距離にはそうはない、そうなればやはり「やまびこ」だろう。少しお昼時間を過ぎていたので大丈夫かなと思って店を覗くと満席だが相席OKと言うことで入店した。朝昼兼用で食べた喜多方ラーメンから2時間しかたっていないので腹が重くて、ざるだけにしようと思ったがつい天ざるにしてしまった。食える可能性は厳しいなと思いつつ待っていると30分くらいして出てきた。そしてその間に3組ほどのお客が来たがそこで準備中となった。蕎麦はやや太めだが香りがいい、お新香とミニ奴がついて1300円蕎麦湯あり。蕎麦は不揃いだが懐かしい味(自分家で作っていたそば粉の蕎麦掻の味)、天ぷらはかぼちゃ、おおば、えびなど。結局完食してしまった。只見とはまた違ってよかった。
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時の功罪 [雑談]

古いアルバムを見ていたら、そこには今とは似ても似つかぬ自分がいた。これでは同窓会でも誰も気が付ないはずだ。太さが違う、顔が違う情けないほど変わり果てたか。時という奴は本当に恐ろしい。誰も信じないだろうな、高校の時にファンクラブがあったなんて。人生にはどこかで輝いている時期があって、自分の場合高校生時代だったのかな。部活も楽しかったしクラスにいるより部活に行っている方が断然楽しかった。そんな時代もあったねとなんていえる時期を迎えてしまったとはついこのあいだのことのように思い出すのに。本当に時って残酷だな、でも思い出を美しくするのも時だと言うことはよくわかっているのだけれど。
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夏を逃がさないで [想い]

夏は思い出の中で黄色くなってもやっぱり輝いている。
夏休みの集団登校日に久しぶりで君に会えるからと少しウキウキしていたのに、残念ながら君はお休み。仕方がないから別の子と帰る。それでもなんだかつまらなくて君の家の前で「元気になって」と大声出して走って帰る。
夏のキャンプをやった時君とは違う班だけど一生懸命話をしてた。飯盒が少し焦げていた、それでも話ができただけでうれしくてみんなに「上機嫌だね」って言われてた。
部活の最後の大会前日に練習の帰り道でお互いの手を握って「精一杯戦おうね、勝とうね」と励まし合った。大会は僕はあっさり2回戦、君は準決勝、こっそり応援していたよ。
夏の光ぎらぎら輝いて君の瞳キラキラ輝いて陽炎はゆらゆら立ち昇る。
そんな夏は一目も一言も逃がさないで逃さないで

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早朝覚醒が出てきたよ [双極性]

なんだかまた早朝覚醒が始まったのか、ここ2月くらい3時に目が覚めて眠れない。何の不安があるのかわからないが漠然とした恐怖感がある。その根源は何だろうか?対人関係はあまり深入りしないのでないし、やっぱり仕事のことかな。一生懸命にする気が出ないのは自分が堕落したからか?昔と違って自分を追い込めない、しかもベクトルがどんどん内向きになっている。だから、過去の蓄積や付け焼刃の知識でごまかしている自分がわかる、それが辛い。もっと建設的なことは出来ないだろうか?もう60に近い人間には無理なのか、自分がいる場所は自分で作る、しかもちゃんと役に立つ。ここから先もまだ時間はある、病気なんかに負けてはいられない。でも、早朝覚醒が続くときついなあ・・・
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戸隠詣で [たび]

先週は戸隠山に行ってきた。下社から登って行くと大変なので奥社にまず行きそこから中社、宝光社に行くルートにした。奥社前からは往復4キロほどの道のり、緩い一本道を登って行く、修験道でにぎわった時代は遠く観光客だらけの杉並木。奥社に戻って中社に下る、車道を避けて山中の砂利道で周りにはたくさんのキノコたち。途中の極楽坊で蕎麦をいただいたが、蕎麦も香りのいいのよりおひや(水)の旨さに感動した。中社へと降りてきあ。この辺りが一番栄えているらしい、蕎麦屋の前にも行列だ。更にあるいて火之御子社を通って宝光社に参ったのだが、この最後が急階段の連続で疲れた。しかし、本当に蕎麦ばかり食べた。黒姫でも蕎麦、戸隠でも蕎麦、長野でも蕎麦、久しぶりに蕎麦を堪能した。
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8月15日 [懐かしい]

今日は終戦記念日、あれだけ多くの人が死んだ戦争ももうずっと向こうに行ってしまった。多くのものをわがものとせんがための戦いは結局何も得ることのないまま消えてしまった。終戦記念日ではなく敗戦記念日だろう、本当はそうだろう?だが、あの戦いで明治から続いたくだらない帝国が終わり、いまの民主日本がある。懐古趣味で戦前への憧憬はその実も知らないまま胎動を始めている。戦争前の日本はただの悪夢でいまのこの国こそが現実なんだ。時に人は自分こそが正しいと思い自分の国こそが一番であると思いたがる。何処が一番だとかどこが正しいだとかどうでもいいことだ。自分の都合だけで世界を判断してもそれは井の中の蛙。昨年親父が死んで身の回りに本当の戦争体験者が居なくなった、親父は大正の生まれで公務員だった台湾で応召、それから4年間ほど陸軍砲兵隊にいた。機銃掃射されたり田んぼで爆撃機の爆弾を落とされたが泥田で不発弾だった話などしていたが台湾は比較的戦闘が少なかったため、生きて帰ることができた。しかし、本土に引き上げてからの方が大変だったとよく言っていた。あれから70年以上生きていたのだ、もっといろいろな話を聞いておけばよかった。
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