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年度末の金曜日に [ためいき]

上司が休職に入るようだ、仕事の面でもそうだが困ったことが起きそうだ。代行をしろと言うことらしい、資格等級が最上位でヒラは自分しかいない。休職する前は要職に耐えられないと診断されたのが今はそうも言ってられない。受けないわけにもいかないが自信はない。部長職を解かれて5年もたつ、しかも1年半は休職だ、できればこのままずっとヒラがいい。とそんなワガママは言えないこともわかっている、会社人生はあと6年(60歳までとして)やらなきゃいけない時もあるか。けど、病気前のようにはできないな、体力気力とも落ちているし。人間は銭金じゃないと常日頃言っているんだから、自分ができることを自分の基準でやりますか、それしか言いようがない。

野分 [ものかたり]

野分の吹くころ、芭蕉や清少納言も書いていますが、僕らが子供のころは台風と教えられましたが、今でもそうなのだろうか。むべ山風を嵐というらむもそうなのだろうか?野を分けて吹く風、なんとなく光景が浮かぶのは田舎者だからでしょうか?今年は発生が遅くてどんどんどんとやってきて、これからも来るのでしょうか?
風と言えば又三郎でしょう、どっどどどどうどどどうどどどう、どっどどどどうどどどうどどどう、青い胡桃も吹き飛ばせ、酸っぱい花梨も吹き飛ばせ、どっどどどどうどどどうどどどう、どっどどどどうどどどうどどどう、岩手ですから台風ではないでしょう、今年は上陸しましたが。まだ、早池峰山に雪が来るまでは少し時間がありそうだ。

酒が飲めない [ためいき]

どうしたわけだ、急に酒が飲めなくなった。鼻の前に盃を置くだけで気持ち悪い。アルコール全般かと思えばビールは大丈夫のようだ。日本酒が特に変だ、無理をして飲むと化学薬品の味がある。酒は飲まれない、大酔っ払いもしたことはない。日本酒でも1升は飲めないが七分目くらいはどうってことはなかった。おかしいな、気がつかないうちに病状は悪化してるのかな。それだけではない、背中と胸がやたらかゆい、背中の左の肩甲骨の下と右の肋骨のあたりがたまらなくかゆい。まいった、掻き毟って双方とも黒くなっている。ストレスを徹底的に避けているから心因性ではないとも思うが、でも実は今頭の痛いことがある。上が病気で休養に入るようだ、会社からライン管理職[×]をいただいている私にお鉢が回ってくることはないと信じたいが、ちょっと雲行きが怪しい。2年休んで元気が溜まったわけではない、正直モチベーションを上げるのは難しい。さてさて

長十郎があった [懐かしい]

梨を売る店先になんだか懐かしい色と大きさ、そしてほかのものより格段に安い値段。もしやと思い袋を見たら「長十郎」うれしいなあと4個買った。さっそく一ついただく、あの胚芽ビスケットのようなシャリシャリで硬い、そして甘さの中に酸味、うれしくて懐かしい。子供のころ20世紀か長十郎がなしの定番だった。私は長十郎のほうが好きだった。一方でリンゴはスターキングやデリシャスやインドもあったけれど、やっぱり紅玉、いいえいいえ定番は国光でした。長十郎は運が良ければあるけれど、国光はほとんどお目にかかれない。どこかの放置されたリンゴ畑にあったのはもう数十年前、今度どこかに探しにでてみよう。小さな喜びっていいね。

棚卸 [ためいき]

9月が終わる、今日は期末棚卸に行かなくてはならない。真面目に委託先の工場倉庫での製品、原料、資材などの実地棚卸だ。これが細かい、基本が全権実査なのでものすごい量ある。決算や内部統制上の影響度が高いものに集中しようと提案したことがあるが、監査法人は全件でないと適正意見が出せないという、本当に数十枚の袋に重要性があるのだろうか?監査人は意外と小さなことは指摘するが大きなことは指摘しないきらいがある。J-SOXについても意外と弱いし、全幅の信頼は置けない。細かいことは嫌いだが意外と細かいところを発見してしまう、やな奴だね。ただ、今回は日帰りで行ける場所なのでそれだけが救い。

胸の重り [想い]

弱いよな
何度も死にそうになった
ただなんとなく
背中が重くなったよ
壊れそうな想いは本当に壊れて消えた
黄昏に消えて行く街に
すべてを置き去りにして旅立とう
胸の中の重りを抱きしめて

SLもういちど [雑談]

最近またSLが復活ブームらしい。子供のころリアルタイムで乗っていたものとしては懐かしい限りだ。あの音、あの匂い、夜汽車の汽笛すべてが遠い昔の記憶。今、現役で走っているのはC11、C57、C58、C61、D51あたりか北海道のC62はどうしているだろう、私が昔乗ったのはC58、8600、C11あたりだった。貨物用には9600が走っていたが客車を引くことはなかった。地方のローカル線では客車もせいぜい4、5両しか引いていなかったし、貨客両用として貨物車がついていたりした。郵便車がついていて駅のポストに手紙を入れると消印が投函場所ではなく○○―○○間と言う消印だったような気がする。今のようにコンテナ輸送が主でなかった時代はどんなローカル線にも貨物列車が走っており駅前には日通の営業所と倉庫があった。私の田舎もそうで倉庫にはコメが保管され構内をオート三輪が縦横無尽に走っていた(時々転んでいたが)。構内は広くて山奥から森林鉄道も走っていた。国有林から切り出した木材のための貯木場が置かれそれ用のコトラが泊まっていた。更にSLのための給水塔と貯炭場もあって小学校の帰りにジーと見るのが楽しみだった。(ターンテーブルはその駅にはなかったが4つほど先の駅にはあってこれも見るのが好きだった。)

こんな自分 [昔語り]

ネガティブ嗜好で泣き虫で弱虫だった。空威張りばっかりして、妄想の世界に住んでいた。性能なんてない癖にいかにもと言うような素振りばかり。きっと嫌われ者だったと思っていた。実際に大嫌いとお言われたことがあった。けれど、笑い話の中で昔、好きだったと言われたり、ラブレターを何通かもらったりしたことを思いだした。みんな何かの勘違いなんだろうけれど、帰り道にちゃんと告白してくれた娘もいた。嘘半分に聞いていたけれど、本当に失礼な話だね。でもそれくらい、女の子には人気がないと信じてた。なんのとりえもない上に性格がずば抜けていいわけでもない、ルックスは下の下あたりを這いまわる。でも、世の中わからないものだ、今の20から30代は恋人の居ない人が過半数らしい、結婚したがあの時代で助かったなと思う。

悪いことはできないね [ためいき]

今日は病院に行ってきた、悪いとわかっていたがその通りでA1cは7.2になった、しぶとく6点台をキープしていたが、陥落はあっという間だ。原因はありあまるほどある、運動不足(毎日10,000歩が6,000歩に)、清涼飲料水、チョコレート、そして果物、わかっているんだが抗不安薬が増えると無性に何かが欲しくなる。いかんいかんぞ、これは悪くなっていくときの典型的なパターン。今日は水にしよう・・・

さよならミー [昔語り]

最近ペットとの別れのテレビやブログが多い。見るたびに悲しみを思い出してしまう。けれど健気に懸命に生きて、たとえ短い間でも私たちのそばにいて家族、友達のように感じていた。私も実家にいる時は猫と犬を飼っていた、最初の猫は14年ばかり一緒にいて、いろいろなことを思い出した。こたつに足を突っ込むといきなり咬まれたことや襟巻代わりに首に巻いたこと、近所の犬が脱走してうちの家に来たとき、玄関の隙間に犬が鼻を突っ込んだ瞬間に必殺爪立てネコパンチをお見舞いしたことなどなど・・・思い出は沢山ある。人とペットの中で心なんて通っているわけはないけれど、一人ぼっちの時には遊び相手になってくれたし、布団の上でくるりと丸くなっていたり、縁側で香箱すわりしながらぼんやり外を見ていたり、二階のベランダから雀を狙って身構えていたり、不思議と覚えている。それでも別れの時はやってくる、最初の猫は、猫は死ぬときは身を隠すというとおり突然いなくなって、懸命に探した。近所の家の床下にいるところを発見したが連れて帰るときにはもう虫の息で、連れて帰って温かくしてずっと撫でていた。小さくニャオ、ニャオと啼いて背伸びをするように伸びると痙攣し事切れた。最後の言葉は何だったんだろう。ありがとうなのか、さよならなのかそのあたりは解りません。ただ、あの日からその猫は、三毛猫のミーは私の心に住むことになりました。
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