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はっと気が付けば10年2500投稿 [想い]

気が付けばこの適当な話のブログも2500話にもなりました。誰が読むわけでもないこんなものをよくまあ2500も書いて来たものです。最初は2008年あたりでしょうか、もうそんなことも忘れてしまっています。調べてみると第1回目は2006年7月21日のようです。そして2007年から2009年がスカスカで更新されていません。これは病気になった時期と重なります。それでも約10年間書き連ねてきたのは存在することから来る悲しみを何とか紛らわすため、その一心だと思います。素直に慣れないけれど人を憎んだり妬んだりは決してないある意味自分のことしか考えられない我儘な奴で、それでも人間は損得や銭金で動いちゃいけないという妙な堅気の不思議なオジサンワールド全開。まだ、残り火はあるようだから続けます。

食品表示1 [ためいき]

仕事柄、食品を買うと必ず表示を見てしまう。別に合成添加物とか原産国とかそういうことを言っているわけではない。基本的に食品の表示は使用した原材料の中で使用量が多いものから表示する。それによって呼び名が変わるものもある、例えば牛乳は生乳だけで作ったものでなければ牛乳を名乗れない。それ以外は加工乳になる。一方でそばはスーパーなどで見るとわかるが蕎麦と記載していていても、原材料のトップは小麦粉が大半である。これがそういう(小麦の多い)蕎麦が日常で存在するので問題はないことになっている。一方で添加物の方は個別で出されてもなんだこれとなってしまうだろう。だから個別の名称ではなくどの部類に属するかを表示すればいいものもある。酸化防止剤、ゲル化剤、酸味料などと書いてある。次に少しこの世界を覗いてみることにする。

柿食えば [昔語り]

今は何処へ行っても赤い柿の実がたわわと実っている。都会では柿を取る人もいないのかずっとそのままで熟して落ちるままにしてある。子供のころは秋と言えば柿でどこの家にも柿の木があってよく雷オヤジに叱られたものだった。都会では冬のヒヨドリやメジロの餌である。柿と言えば間違えて渋柿をかじってしまったときの舌の感じがやたら記憶に残っている。あの幕が張ったような感じだ。田舎には冨有などのようにすぐ甘餓鬼とわかるものから、すぐ渋柿とわかるものもあるのだが、私たちが「じゅうれん」と呼んでいた柿は同じ木でありながらかじってみるまでわからない代物で、よく渋にあたった。勿論たるがきにもできるのでもみ殻に入れて焼酎をかけて蓋をしておけば甘くなる。それはわかっているのだが「じゅうれん」の甘柿はごまがいっぱいで旨いのだ。これから冬にかけては干し柿の季節で納屋で家族総出で柿剥きをする。そして竹串に挿してすだれ状にして軒下につるす。正月くらいがベストで膾にいれたりもする、だが子供らは待ちきれずに年内にあらかた食ってよく叱られたものだった。柿にはそんな子供のころを思いださせる懐かしさがある。

晩秋考 [想い]

秋はやまとうたで一番多く詠まれる季節だろう。三夕の歌は言うに及ばず百人一首でも多く取り上げられている。日本人の心を震わす秋とはなんだろう、それは実り豊な秋ではなく、紅葉照り映え全山燃えるような秋でもなく秋風冷たく鹿が鳴き寂しく雁などが渡ってゆく晩秋である。まして時雨ふり水面に波紋の小さき折りなどはまして寂しき秋である。
私が一番心を悩ますのはこの晩秋の寂しさである。特に一人旅などに出た折は気動車の窓から暮れゆく山村を見つめながら深き秋を感じる。暗い冬と言う長いトンネルの前に誰かが用意した心付けだろうか。このまま汽車を飛び下りてあの時雨の下に行こうか、そん事さえ考えさせる、悲しみの狂おしさを晩秋は持っている。

それでも生きる [ためいき]

疲れ果てて玄関に倒れる、そんな日もありました。いったい何のために働いているのかわからない日々もありました。結婚して家を持ってそれでも背負うものはそれだけではなく、自分自身の生き方という大命題にに答えることもできないまま月日は流れていきました。そして病気となり生きてゆく希望を全て叩き潰されました。そんな時自分にエンドマークを打たないために考えたこと、そっれは生きることを目的に生きるというモノだった。何があってもそれでも生きてゆく、ここに私がいるために、私の明日が来るために生きてゆこうよと言うことでした。ダメ人間でもいい、自分が生きてゆくことに肯定的でいよう。自分はここまで懸命に自分の為を捨ててやってきたではないか。風は強くとも雨は冷たくとも生きてゆこうよ。

ゆく川の流れは災害に [ためいき]

平安末期の随筆に方丈記がある、作家は鴨長明。そこに出てくる天変地異はなんだか今に似ている。地震、大風、飢饉、大火など当時の人を襲った災害を記している。無常の精神で通されているものの一部に普通の人の苦悩が垣間見える。だが、次の徒然草とはやはり違う世界がある。吉田兼好は金を無心したり自分のエピソードを入れたりやや無常とは遠い。枕草子の匂いをどこか感じる。さて、方丈記の時代なんとなく今に似ていないか?源平の戦いは国内ではないが、戦乱は絶えない地震や風水害も絶えず飢饉は貧困だろう。どうしたら平穏な世の中はできるのだろうか。出家隠棲してみたとて自分一人ではどうしようもない。ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつむすびて久しくとどまりたるためしなし世の中にある人と棲家とまたかくのごとし。とは

今年は変な風邪と思ったらマイコプラズマ [ためいき]

先週末変な風邪をひいてコキアを見にいけなかった。ものすごい咳がでて胸がいたくなるくらい。熱は38度代しか出なかったが、それでも咳き込んで苦しくて苦しくて。特に寝るときに仰向けに寝ると最悪、体が暖かくなるのもあんまりよくないから咳のしすぎで体中がいたくなるくらい。咳で骨折する人がいるというが確かに、全身の筋肉がいたくなる。マイコプラズマだと思うがこんなひどいのは久しぶり。肺炎まで進展するとは、免疫力が落ちているんだなと痛感する。花梨飴でも梨のエードでも治りません、漢方も効きませんでした。咳を侮るべからず。

九州は天然きのこに疎い [雑談]

子供のころ秋の野山を駆けまわるのが好きだった。団栗やあけびをとったり山栗やクルミをとりながらずんずん山奥の方へ入り込んだ。九州には熊がいないから危険なのはイノシシくらいだった。山奥に行くと大きな山芋(自然薯)がある、これをイノシシより先に捜して掘らねばならぬ。いいもの取れれば高い値段で売れる。ひたすら芋の葉っぱを目印にその根を探して掘る。自分の身長くらい掘るのは当たり前、前の人が掘った穴に落ちたこともある。マナーでは掘った穴は埋めることになっているが、やらない人の方が多い。それはそれとして秋の山にはほかにも一杯楽しみがある。九州ではあまりキノコ採りはやらない、野生のキノコはマツタケを除けばササナバやハツタケ位なものでイグチの類はもちろんウラベニホテイシメジやシシタも誰も振り返らない。そういうこともあって九州の人はキノコに疎い。

マイコプラズマにやられた [ためいき]

熱っぽい、喉がいがらっぽい・・・先週あたりからちょっとおかしかった。やがて本当に熱が出た、咳が止まらなくなった、頭も痛い。咳をしていると胸が苦しい、こりゃなんだと医者に行ったらマイコプラズマだと。肺炎を起こしてはいないようだが、この病気は大人の抵抗力があればすぐ治るはず。ところが糖尿病患者はそう簡単ではない。なにせ抵抗力が弱い、用心のため抗生物質をもらったのはマクロライド系クラリスだった。だめだったらキューキノロンかテトラサイクリンに変えるらしい。マクロライドに耐性のあるマイプラズマも増えてきているようだから。まあ、そんなに危険ではないようだから、ちょっと静養すれば治るかな。

夜明け [想い]

子供等に雲の流れる彼方遠く指さして
規模溢れる明日を教えてる
この冷え切った空気の中で開けてゆく空
昨日までの泣いていた日々はここにおいて行こう
誰でもみんな自信を無くして
わずかな希望にすがりたい
振り向いちゃだめだ
前を向いてあの光る空の方へ
出来るだけ早く歩いて行こう
大人になるまで時間はない
だから今歩き出すんだ
光と風を浴びて未来へ
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