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新茶の季節 [いなか]

新茶の季節だね、この時期のお茶は一番茶と呼ばれて特に渋み甘み丸みがうまく溶け合って美味しい。小さい頃ばあさんと畑の垣(田舎では畑けんくろと呼んでいた)にあるお茶の木から新芽を摘んで五右衛門風呂の釜に入れて茶揉みをした、あんな熱いものを足で踏んでいました。それを縁側に敷いた新聞紙に広げて更に手で揉んだ。高級でもなければ丁寧な仕事でもない新茶だがぬるい湯で入れると何とも言えないさわやかなお茶になった。そんなわけで小さい頃はお茶は作るもので買うものではないと思っていた。また、煎茶以外の番茶やほうじ茶などは知らなかった。そして値が張るものとはさらに知らなかった。

貧しかったな、春 [いなか]

先日歩いていたら野イチゴとキイチゴ(モミジイチゴ)の花をたくさん見つけた。道路沿いには苗代イチゴ(ラズベリーに近い)もある。やっぱり田舎だな、こういう楽しみもある、だが残念なのは庭にでも植えるのか根っこごと持っていく人がいる、残念だな。千葉ニューの空き地にはツバナが多い、と言ってもわからないだろう正式名称はチガヤといいイネ科の植物で銀色の穂を春に出す、この出たての穂にはわずかに蜜のような甘さがある、これを嗅いだり、舐めたりしていた。今はそんなことをする子供は見たことない、春は山菜はあるものの子供のおやつ代わりの物が野イチゴとこのツバナくらいしかなかった、貧しい時代だった。

山菜事情 [いなか]

山菜の季節だが、くれぐれも間違えないようにと言いたい。ここ数年間違えて毒草を摘んで中毒する人がいる。新聞などで取り上げられているので増えていると思いがちだがちゃんと保健所に届ける人が増えたのもあるのではないか。ただ間違えるパーンはほぼ決まっている。セリとドクゼリ、ウルイとバイケイソウ、中にはフキノトウとハシリドコロ、野蒜と彼岸花、ニリンソウとトリカブトあたりだろう。一方で畑のニラと水仙や彼岸花を間違えたりする。これらの毒は非常に強く死亡例もある。見分け方は沢山のHPで紹介されているので言わないが、キノコにも共通するのだが本物と偽物の特徴をつかみわからなかったら食べないが基本である。最初は間違えにくい蕨やぜんまい、ミツバなどから始めるのがいいと思う。山菜に限らず主要な毒草や木は覚えておいて損はない。スズラン、イヌサフラン、ジキタリス、チョウセンアサガオ、ヨウシュヤマゴボウ、イチリンソウ、福寿草、木本では樒、レンゲツツジ、アセビ、アジサイ、キョウチクトウなど、以前にキョウチクトウをBBQの串に利用して中毒を起こした人がいた。そう言えば青梅の仁やイチイの実の下側の青い部分には青酸配糖体が含まれている。プロでも間違えることがあるくらいだからわからないものは食べないを徹底する。それと、むやみやたらと荒らしまわらない私有地が多いし採り方が悪いと来年は生えない。知識だけでなくルールとマナーを守ることが大事。

帰去来 [いなか]

実家に帰る時最近は飛行機が多いが昔は新幹線と在来線の特急、更にローカル線と乗り継いで帰ることが多かった。その時故郷の駅に降り立つと頭の中を流れる一つの曲がある。Green green grass of home だ、本当はこれから刑場の露となる男の歌だが(日本語訳は明るい歌詞になっている。)The old home town looks the same as I step down from the train
その通りの光景に思いは巡るのだ。死刑囚ではないものの故郷を捨てた自分にとっていくばくかの罪悪感とそれを超える懐かしさが故郷の駅だ。風景は大きく変わり待ってくれていた両親はもうこの世にない。それでも、帰れる間は帰ろうと時間とお金をかけるのだ。


落花生育成 [いなか]

遠い昔のことだが畑の隅で一生懸命に育てていた落花生が台風でほとんど流されてしまった。落花生はその名の通り花が落ちるように実をつける。実はめしべの先が伸びて土中に潜りそこで膨らんで実をつける。落花生に土がついているのはそういう理由だ。面白い性質なので見てみたいと近所の農家から10粒ほどの種をもらい自分のうちの畑の横に飢えて観察していた。そしてこのめしべが伸びて土に刺さるところまでは観察できた。そしていざ収穫の直前でやられてしまった。残った2株を大切に育てて初の落花生の育成収穫実験は成功裏に終わった。いろいろと挑戦したが記憶に残っているのはこれくらいかな。

魚とりの思い出 [いなか]

夏休み、麦わら帽子かぶって魚とり網と手製の銛、水中メガネで毎日のように川へ出かけた。本当は危険だから大人と行かなければならなかったが。歩いて20分もかかる一級河川は護岸工事がまだされていなくて、川へ降りる道はけもの道だった。河原ヨモギで水中眼鏡を拭き、魚とりのスタート。狙いはカマツカと言う魚少し流れの弱い砂地に潜っている、ハゼ科の魚。母親の好きな魚だった、実際にこれは塩焼き、てんぷら、甘露煮何でも旨い。後ろ側から銛で突く、まず失敗はない。あらかたカマツカを捕ると今度は淀みの方へ行く、深さは身長より深いくらいあったが溺れはしない、ここではイダ(ウグイ)とフナ、コイを狙う。さすがに動きが早い魚が多いのでそう簡単には突けない。ここでの獲物はフナとイダが少々というパターンだった。そして次に淀みから浅瀬で流れが速くなり石がごろごろしているところへ、ここでの獲物は鮎である。こいつはさらにすばしこい。流れが少しゆるくなる石の後ろにいる奴を銛で狙う。この銛は全くの手製で先の部分はフォークを叩いて返しを付けたもので、柄は傘の心棒、自転車のタイヤのチューブを切って柄に括り付け、それを引いて握りしめた柄を離すと銛が飛び出す。まあ原始的かつ金がかかっていない。ただ、フォークは焼きを入れても弱いため直ぐ刃がだめになる。石に三発当てるとすぐに研がなくてはならない。やっぱり鮎はとれない、数日にⅠ,2匹でやっとだった。そのほかに外道としてモクズガニやナマズ、ウナギなどが取れた時もあった。今は護岸整備され河原にさえ降りることができないようだ。私たちの時代の方が幸せだったかもしれないな。

麦の秋 [いなか]

梅雨前の一時的に天候がいいころを麦秋と言います。二毛作の場合の冬小麦を収穫する時期です、けれど最近二毛作少なくなりました。農地の改良で乾田が多くなったにもかかわらず手がかかる二毛作はできないのと麦の価格(生産者麦価)がコストに合わないのかもしれません。麦わらは英語で言えばストローです、そうあのストローの原型は麦のわらです。ストローハットは麦わら帽子、ルフィだけでなく、古い人は人間の証明を思いだすかもしれません。昔は小麦を水車かあるいは製粉機のある精米所(脱穀や精米を業とする家)に持って言って粉砕してフスマをとって粉にしてもらっていました。大麦も持ちこんで押し麦にしてもらいました。たまたま隣家が精米所だったのでたくさんのベルトと車、篩などが稼働しているのを眺めていました。最初に見た工場だったのかもしれません。

衰滅 [いなか]

夏が来て蝉の声が聞こえてくるようになった。子供のころあれほど好きだった夏がまた来る。大人になって忘れてしまったときめきを取りに戻ったら、知らない誰かがこっちを向いて笑ってた。あれはだれっだたろうか、あんな友達はいただろうか。草ぼうぼうの畑の道、赤茶けた地滑りのあと捨てられた村。聞こえるはずのない汽笛も風の音も

空き家 [いなか]

田舎に帰ったらタバコ畑は野原に水田は葦原に荒れ果てイノシシやシカが闊歩する場所になってしまった。空き家ばかりの集落、わずかな住民はお年寄りばかり、路線バスは廃止され駅には人影もない。
限界集落そのものだ、小中学校まで6キロ、一番近くのスーパーまで13キロかどうやって生きていけば
いいのだろう。今は父も母もいない実家だが廃屋にしないために守ってゆくしかない。資産価値などほぼゼロの土地家屋だから相続放棄して正解だった、もちろんそこそこの資産価値があっても同じく放棄したのだけれど。

栗ごはんとキノコ汁 [いなか]

秋の楽しみと言えば僕はホクホクの栗ごはんだった。おふくろ一緒に栗の皮をむき醤油といりこ出汁をいれて炊き込む栗ごはんは秋のごちそうだった。もち米と一緒にふかした栗おこわは祭りの時にしかお目にかかれないハレの料理だった。一方でキノコ汁は九州では野生のキノコを食べる習慣があまりない(せいぜい、ハツタケやササナバ、マツタケ)ので信州や東北へ行ったときのキノコ汁とくにナラタケやハナイグチのおいしさは驚きました。コウタケ飯やウラベニホテイイグチ、ムラサキシメジなどの煮物などあげたらきりがありません。また、キノコたっぷりの旅でもしたいなと思っています。新そばとひっかけるのもグッドアイデアかな。
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