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小さい子のころ [昔語り]

小さい頃台風が来るといつも空を見上げた。空に台と言う字が書いてあるかと思っていたから。世界地図を見ていて川は海から山へ流れていて塩水が流れていると思ってた。狐と狸は本当に人を化かすと思っていた。そんな、5歳児だった私は最初の交通事故に遭った。道の向こうの姉のところへ走って行こうとして郵便局員の単車にはねられた。頭を数針縫っただけだったが、縫われながら「今度は単車に勝っちゃる」と言っていたらしい。また、小学校低学年の時に野球のキャッチャ―をしている時に想いきり頬と顎をバットでぶん殴られた。これもまたどんくさいと言うか、ファーストランナーが走ったので早くボールをとろうと前に踏み出したら左バッターのバットが右頬に命中。骨折こそしなかったが歯がぐらぐら口の中は血だらけ、最悪だった。まったく、あほでドジで手のかかる子だった。おねだりをしなかったのがせめてもの救いだったか。
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金木犀の咲くころに [昔語り]

久しぶりに歩いた遊歩道でこの季節の香りに出会った。金木犀はどうしてあんなにいい香りなんだろう。でも、同時に思い出したのは切ない恋の思い出。忘れていくことばかりの中で、この香りとリンクしたあの思い出だけはどうしても忘れることができない。初めておつきあいした女の子、そしてわずか半年で消えた、私の悲しい性によって。金木犀の花が落ちて風に流されて消えるように。自分が信じられなくて静かにフェイドアウトしようなんて、嫌いになったわけじゃない、好きな人ができたわけじゃない、少しずつ離れて行く毎に好きになっていく。なのに一層離れて行く、あの子をずっと見つめている。そうやってあの子と友達が付き合うように仕向けていた。愚かで残酷で自分を積み落とす行為、苦悶の日々。そんな朝漂う金木犀の香り、ずっと想いと香りが合わさって私の脳裏に刺さっている。
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入院で思ったこと [昔語り]

病院の日々は17歳にとってみれば退屈と言えば退屈だ、リハビリの時間が終われば食事まですることがない。今のようにゲームでもあれば別だが毎日何をしようかなんて思っていた。しかし、病院内を動けるようになると友人ができる。松葉杖でも動けるようになれば時には病棟を抜け出して喫茶店なんかに行ったりする。同じ病棟の同じ年くらいの人たちや看護師や看護学生と仲良くなる。とても重篤な人と話をするようになるし、どちらかと言うと話を聞いてあげる方に回る。みんな辛いのだ、私は日に日によくなる、一方で日に日に絶望に苛まれる人たちがいる。このコントラストはあまりにも重い、人間として向かい合うにも私は経験がなさすぎる。それでも一生懸命に向き合い、少しで心が柔らかくなってもらえるならと思っていた。偽善だとか甘い同情だとかそんな声は切り捨ててひたすら聞くことだけを続けた。そんな中でも別れは突然やってくる。主のいないベットに呆然と立ち尽くすことが何度あっただろうか。人の苦しみはその人でなければわからない、過去の経験や心理分析などしても外から言うのは簡単だ。ただ、苦しんでいる人に心の棘のある部分で接してはいけない、誰にだってそういう棘の部分もあるし逆に柔らかい部分もあるだろう。そんなことを残りの入院期間はずっと考えていた、季節はもう新学期が始まろうとしていた。
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 [昔語り]

あの長い坂道を登って切り通しまで行けば海が見える
輝きの上に影を落としながら
遠く広がる海の上を進む雲
潮の香に優って君の髪の香りが僕を包む
西日の中に立つヴィーナスは
あの日からずっと僕の腕の中にいる
吹き抜ける風は同じじゃないけれど同じ光景がここにある

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陽炎、蜻蛉 [昔語り]

夏の恋は陽炎かはたまた蜻蛉か、熱き地面から立ち昇る揺らめきの中の景色かこの世に本体を置きながら異界の世界への入り口を飛び回る、あの儚き虫のようなものか。それほど身を焼き尽くすほどの恋の経験はないかもしれぬ、しかし胸をこがすような想いは何度もある。不思議なものだが何時も何気なく傍にいる人が夏休みなどで長く会えなくなるとそれは寂しい、そしてその寂しさを恋と実感する、もしかしたらそれは恋ではない場合もあるのだがその時はその勘違いすら気が付かないほど恋に恋い焦がれる。私はこのタイプではない、どちらかと言うと休みの間に知り合った人のイメージを膨らませて勝手に恋い焦がれるタイプだろう。しかも、追いかけるタイプでもないから優柔不断な自分を責めながら振り向いてもくれぬ人に想いを寄せる。ところが、時々何を思ったか行動に出てしまうことがある。止めとけばいいものをと自分ではわかっているのだが止まらない。そんなことが3度ほどあった、ところがそんな時、神の悪戯か想いが通じてしまう事があった。自分ではうまくいかないからこそが夏の恋で、勝手に書いたシナリオが崩壊する。あわてて、ハッピーエンドに書き換えようとするのだが、もとよりそんなものが書けるはずがない。なんだかギクシャクしながら秋冬を迎える、そんなことを何度か繰り返して大人になって行った。
出会いはどこにだってあるけれどやっぱり何か自分から動かないと何も起きない。たとえ一人旅だって別に出会いなんて望んでいなくたって、ふっと自分に風が吹いたら一歩を踏み出せばいい、それだけのこと。陽炎を見つけるのも蜻蛉を捕まえるのも、夏にやってみればいい、ここしかない時間だから。

あきらめないよ [昔語り]

二人だけで秘密の谷川で遊ぶ
銀色の君の手が水面をくぐるとき金色に輝く
僕に向かって冷たい光の玉が放たれる
僕は裸足で逃げ惑う
君の笑顔とお日様が重なって眩しくてしかたがない
腕をとって抱きしめる
蜩の声だけが聞こえる
夏はこの腕の中にある

夏の日暮れ時 [昔語り]

夏の夕暮れ時に咲くカラスウリの白い花を知っているだろうか?実の方は赤く熟れて生け花に使ったりするから知っているふともいるだろうか。カラスウリの花はとても良い香りがする、そして白い花はレースを纏った貴婦人おようだ。夜に咲くのは蛾の一種に受粉を託しているかららしい。キカラスウリの根は澱粉に冨みそこからとった粉を天花粉という、昔のベビーパウダーだ。また、実も若いうちは食べられるらしい、漬物などにするそうだがまだ食べたことはない、苦そうだ。熟れた実には妙な甘みがあって気持ち悪い(試してみたのだが)キカラスウリのほうはちゃん食べられるらしい。カラスウリとキカラスウリの見分け方は葉っぱ、大きめでブドウような感じがカラスウリ、ちょっと光沢があって胡瓜のような葉っぱがキカラスウリ。どちらにせよ夏の世に咲く花にはもったいない。

君のため [昔語り]

埴輪のような目がこちらを見ている
そう思ったら君だった
だって白目のところが蒼くて赤ちゃんみたいだし
がっちりとした腕と足は土偶のようだし
マッシュルームのような髪は真っ黒だ
でもどうしてかわからないけど惹かれてしまった
全てを忘れて君のために生きて行こうと思った
そうしてやっと愛を語れるまでになったのに
君はするりと僕の手を抜けていった
知らない遠くの世界に飛んでった
二人は七夕祭りのお星さまのように
永遠に離れてしまった

誠実に謙虚に [昔語り]

なるべく暗くなるようなことは書かないでおこうと思うけれど、生きて行くうえで辛いことがないわけはない。それでも投げ出したりせずに、人のせいにしたりせずに、生きて行くんだ。やれることをしないのは恥ずかしいこと、他人のせいにするのはもっとも心が痛むこと。人の悪口は決して言わない、謙虚さと慈愛をもって歩いてゆけ、神のようになれ。難しいかい?くだらないものをみんな捨てちまえばできるさ。荷物は全部ぶちまけよう。

喧嘩はコミニケーションツールだった [昔語り]

喧嘩は嫌いだけれど子供のころはよくやった。決して強くはない、いや弱い方だろう。それでも、今のように凶器や飛び道具が出てこなかったのでせいぜい怪我で済むからいじめっ子相手の玉砕攻撃は本当によくやった。喧嘩を終えた後は意外と尾を引かない、逆に仲が良くなったりする。弱い物をいじめることが一番いやしいことで誰もそれで憂さを晴らしたりしなかった、そういう共通の認識があった。弱い物に勝っても何の意味もない、人の尻馬に乗ってばかりいる奴は逆に制裁の対象だった。それでもできるならやりたくない、鼻血やあざ、歯がぐらぐら、口の中は血だらけ、脱臼や骨折も。自分はパンチやキックが弱いから頭突きか脇固めしかない、接近戦じゃないと勝ち目がない。しかし飛び込むまでに数発食ってしまうことがおおかった。今はできません図体はデカいがぼろぼろですから。
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