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バレンタインデーだって? [想い]

節分の恵方巻きを止めよう、バレンタインデーの義理チョコ止めよう、どこかの企業が発信している。一瞬、それを生業の一部としている企業が発信しているのでおっと思う人もいるかもしれない。でもこういうことは企業の企画にいる人は常に考えている。逆説で広告のインパクトを上げるというのだ。恵方巻きの方は高級化してかつ多彩になって廃棄量もふえてエコじゃないし食糧が不足しているところもあるのにと言う。これ、反対から見れば全てコストで初期のように扱うことで集客力が無くなっている以上止めたい。だが、自社だけでやめるとマイナスになるかもしれない、それなら消費者を巻き込めば大義は立つ。義理チョコの方は高級ブランドチョコには義理チョコの恩恵はこない、それなら義理チョコ止めて本命にその分を投資してほしいという考えが透けて見える。こういうマーケッティングの方法はあまり好まないが、実は自分も昔やったことがある。効果はあったが製品自体がいまいちで長くは続かなかった。製品の企画から上市は自分でやったものだから仕方がないが。まあ、今回の恵方巻きもチョコレートも関係ないから言えるのだろうけれど。
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兎角にこの世は生きにくい [想い]

なんだか酷く忙しくて背中をどんどん押されている気がする。病気になる前の通りにやって行かなきゃいけない。何でもかんでも引き受けてやっつけ仕事を山のようにこなしていた。でも、いまの自分にはそんなバイタリテイーはない。大体夜も眠れないようなプレッシャーに今は耐えられないだろう。こんな時はどうすればいいのだろう、もう出世街道からは外れているのでやる必要はないと言う人もいる、だけど昔から別に出世したいから仕事などしているわけではない、食うのに困るからやっている、いや正確には自分に対する義務の為だ。けれども、食うためには与えられた仕事はやらねばならぬ、寄生虫になるのはまっぴらごめんだ。でもなあ、人にわかるようにはしたくない、努力を見られるのはこれまた嫌い。なかなか思うようには生きられない、漱石の草枕のようだな。


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さらばの場所 [想い]

手の指の爪に黒筋があるのだが最初は人差し指だけだったのにだんだんほかの指にも出来てきた。広がったり墨を流したようになっているわけではないのでメラノーマではない。栄養状態が悪いのか黒子の数が増加しているだけだ。病気は一杯持っているからどれも一喜一憂することはない。世の中にはもっと厳しい状況で生き死に翻弄されている人がたくさんいる。余命宣告されたらどうなるんだろうな、私だったらきっと修行僧のようになるかはたまた好き勝手に生きるかの両極端だな。例え残り時間が少なくても人に嫌われるのが嫌だから、ホスピス早く入るかな。終末期病棟の人は意外と明るく振る舞っていた、覚悟があってそこにいるのだからそうなのだろうけれど、でも全く生きる望みを捨てたわけでもない。そう言う人たちを見ると涙が止まらない。同情してはいけないと思うけれど悟った人の健気さ優しさは同情を超えるのに十分だ。旅立つ前の静けさをじっと感じて。
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輝けるから [想い]

みんな心の中に小っちゃい傷があって
触れられないように懸命に隠している
それでも何かの時に見えてしまったら
それは恥ずかしいことじゃない
心の隙は許していい人に見せるものだから
恥ずかしそうにしないで
泣き顔見せないで
傷つかない人なんていないのだから
前を向いて瞳を上げて
光へ歩きだそう君はもっと輝けるから

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傷つきたくないから傷つけるのはやめよう [想い]

自分を守るために人を傷つけるそんなことをするのはやめよう。自分を守るために人を傷つけるしか手段がない、そんなはずはない。それが手っ取り早いからうまくごまかせるからそんな事思うようだったら人生の手抜きだ。そして因果応報やがて自分にも報いが来る。普通の人間ならば自分の始末は自分でつける、そうでなければ生きて行く価値がない。そうやって道を切り開く、親兄弟であっても別の人格だから。
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癌と両親の最期 [想い]

癌の末期の人は酷い痛みに苦しめられることが多い。私の両親は癌で亡くなったが母は大腸がんで病院に行った時には既に骨や肺、脳に転移していてイレウスも起こしておりもう手遅れでした。入院してからわずか1週間しか持ちませんでした。遺骨の潰瘍があった部分は黒くへこんでいました。相当な痛みがあったと思うのですが母は我慢し通しました。意識も混濁しいつ死んでもおかしくない状態でしたがまるで私を待っていたかのように会いに帰った翌早朝に亡くなりました。父は膀胱がんでした高齢で手術できない、化学療法もできないと言われて2年ほど放置していました。なので心の準備はしていましたが電話で姉からいよいよ厳しいと言われ大急ぎで帰ったのでした。父の場合はまだ意識はあり受け答えができる状況でしたが腎機能の低下が著しく転移した腸骨などの痛みも強い状態でした。兄弟で話し合って痛みに対する処方以外は延命措置は行わないそう決めました。私は仕事の関係で直ぐに東京へ帰りましたが、その翌週に父は息を引き取りました。母に遅れる事18年大正生まれの頑固おやじの旅立ちでした。二人とも癌でそれぞれ違った最後でしたが、子供達への想いは強く、一日でも長く生きていたいと頑張っていました。兄弟も癌を患っているのでいつか私も、でも気にしていても仕方ない、検診はちゃんと受けて見つかったら淡々と。
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欲張りから悲しみをシェアー [想い]

私には欲がないと言われるが本当は大欲張りかもしれない、なぜなら世の中から暴力や盗みや詐欺なんかを無くしたいと本気で願っている。お金や地位や権力なんかに皆が固執しなければいい、子供たちは明るく元気に育ってほしい、恋はみんな純粋であってほしい。そんなことを願っている、これが強欲と言わざるを得ないところがとても悲しい。つまり叶うはずのない想いだということ、けれど私がそう思うのなら世界にはもっとたくさんの同じ想いがあるはずで、そんな想いのかけらを集めて空に投げたらみんなの心に届かないかな。私のようなものが言うまでもなく悲しみを皆自分の物として受け入れさえすればきっとわかるはず。きっと
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闘病記とは [想い]

ブログの目的で闘病記と言うのは多数派なんだろう。辛い思いをわかってもらいたい、同じ辛い思いをしている人とつながりたい、独りで苦しんでいる人の力になってあげたい。それが良いとか悪いとかはひとえに書く人読む人の心だから誰も口を挟めない。そこに想いがあれば真の心があればいい。しかし、世の中にこれほどたくさんの人が闘病記を書いている、特に癌の闘病記が多いのは毎年癌で何十万人の方が亡くなるのだから当たり前だ。そして100万人に近い人が新しく癌に罹患している。亡くなる前までの日常や治療を淡々と書き連ね最後の文面もすでに用意してあった人もいる、死の淵から立ち直った人もいる、そう言う人はいかにして治したかを書いている。〇〇療法、〇〇健康法、沢山ある、どれが本当に効果があったのかはわからない。癌細胞だって突然アポトーシスを起こすことがあるらしい、きっかけはわからない。それが必然か偶然かなんて今はわからない。ただ生きている人と死に行く人がいる、痛いものは痛みを和らげ心が苦しいものは心を慰めその一端をブログが演じればいい。また闘病記が終わり新しい闘病記が始まる。
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元旦 [想い]

ゆっくり寝ていようとしても外が明るくなると目が覚める。明るくなると言ってもまだ日が昇るには間がある。東の空が紅くなりはじめるころ、カーテンを開けて初日の出を拝む。朝日は体にいい、特に精神神経を病むものにとっては。定番の雑煮とお手軽おせちを食べて近所の神社へ、たき火にあたっているとお神酒を頂く。毎年のことだけどなんだか田舎を思い出す。今年はいい年になるかな、いいやいい年にしよう。そう祈る、誰だって幸せになる権利はある、みんながみんな自分の幸せだけを祈っているわけじゃない。(宮沢賢治の青森挽歌のように)悲しみは去年に忘れて行こうよ。
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最後の時をどうするか [想い]

もう長くはないと思ったとき何をするだろうか?自暴自棄にはならないだろうし、静かに待つのだろう、だけどあまりに僧侶みたいな生活もな。どうせ死んでも自分と言う意思が消えて何もわからなくだけだし。子供でもいればもっと心残りがあるのかもしれない。病気で死ぬか事故で死ぬか、それがいつなのかまったくわからないから淡々と生きて行く。今日を一日として


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