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秋が来る前に [うた]

日差しが心なしか弱くなったようだ
山々が少し近くなった気がする
入道雲も少し痩せてきたかな
夏がもうどこかへ行ってしまいそうな
そんな午後だから
少しだけ思い出話で時間をくれないか
また秋が来て冬になり
白いブラウスと白い帽子を忘れてしまわないように
ねえ聞いている?
僕のことどう思っているの?
このまま離れたら最後になってしまいそうだから
振り返った時にはもういない
だから今言わせて好きだと

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気になった歌が [うた]

サクラ~卒業できなかった君へ~と言う歌をこの間はじめて聞いた。半崎美子さんの歌でこの人、桑田佳祐ラジオで一押しで紹介されていた。夭折した友を歌った歌は多い、そしてそれが心に響くのは過去に体験したことと重なるからではないだろうか。実は誰もが多感な時期に友を失っていて、それは病や事故など理不尽だと言えるようなことだった。私も高校時代に友を失っている、遠い過去の記憶の中でそれは色あせていない。現実から一方的に排除されたものは心に映すしかできない。同性どうもそうだが異性と、特に好きだった人とはあまりに切ない。ふわふわと登ってゆく君を追いかけて追いつけないのはわかっているし、追い付いてはいけないことも。でも、この歌明るい光の下が似合う。

帰り道 [うた]

夏の夕暮れ帰り道はいつも君とならんで帰る
見上げた茜空に合歓の花
俯いた君の頬も空に染まって綺麗だよ
いつも言いかけて止めた一言が
まるで儚く落ちる合歓の花
手を伸ばして髪を撫でたらもう言葉は消えた
ありがとういつもそう言って別れた
三叉路では泰山木と君の香が重なって
僕は後ろ姿を見送った
ずっとずっと見送った

kagayaki [うた]

城跡への坂道を手をつないで登る
少し汗ばんだ手が恥ずかしい
君は笑いながら僕を見つめる
逃せない時間がここにあるのがわかっているけれど
弱い心が僕の背中を引っ張る
心を決めて抱きしめようとしたら
君は手をほどいて先へと行ってしまった
君を目で追いながら心は駆けていく

制服の白さが梅雨の晴れ間に輝いている
さわやかな風が吹いて君の帽子が飛びそうになる
君を抱きしめてその髪の香を胸に吸い込んだ
甘くて酸っぱくて胸がつぶれるほど
君がもっと好きになる
照れ隠しに木漏れ日見上げて手をかざす
見上げた君にキスをした
君の笑顔に世界が僕が輝いた


梅雨のころと言えば [うた]

雨は基本的に嫌いだが、それでも雨でなければわからないこともある。紫陽花の花と葉っぱのコントラストは雨の日に輝くし増水した川に飲み込まれそうになりながらしっかりと根を張り耐え続ける川辺の木々。水たまりで遊ぶ子供たちとそこに映った晴れ間。傘を回して水の大車輪、どんどん伸びる稲と黄色くなる麦。傘を持って出歩いてこそわかる時間

挽歌 [うた]

葬儀や告別式に出席すると必ず思い出す歌がある。実際に自分の母の葬儀の挨拶にも使わせていただいた。在原業平による伊勢物語の中の一首で
「世の中に 去らぬ別れの なくもがな 千代も祈る 人の子のため」
世の中に避けられない別れ(死別)なかったらなあ 千年(永遠に近い)も生きて欲しいと願うその子供のために
あまりにもその通りの歌です、児と死別は更にそうでしょう。
旅人の歌では妻を亡くした時の
「世の中を空しきものと知るときしいよよますます悲しかりけり」

汽車の窓から実家の方を見ると母の遺品を整理して焼いている煙が上がっていた
東京へ帰る汽車より亡き母の身の回り品の煙立つ見ゆ

春風ー何も変わらない [うた]

風に舞う花びらを体中に浴びながら違う街を彷徨ってみた
遥かな山々はまだ雪を載せている
それでも川原には陽炎が立ち上る
まだ旅は始まったばかり
遠くから汽笛が聞こえたらまた列車に飛び乗ろう
次に降りる場所は決まっていない
子供のように窓から身を乗り出して
誰も待っていないけれど何かが待っている場所へ
じっとしていても何も起こらない
何も起こらない何も変わらない何も

君がいるから [うた]

都会の夕陽が落ちて行く
ビルに反射して輝いている
この街だって少しは優しくなる
本当に心を許せる奴なんて
この街にはいないそう思ってた
ずっと一人で生きて行くと決めたのはいつのことだろう
それかどれくらい時がたっただろう
ある日何かが僕を柔らかく温かく包んでくれた
君と出会って全てが変わって行く気がした
明日も変わって行くだろう
君がいるから
きっといるから

案山子 [うた]

さだまさしの歌に案山子と言うのがあります。有名なので知っている人も多いでしょう。都会に出てきた息子と母親の優しく少しユーモアを交えて書いています。私はもう母を亡くして14年、そして父を今年亡くしました。帰る故郷はありますがそこで待つ両親はもういません。物理的な場所と心理的なところは違うものです、勿論懐かしい景色を見れば父母の在りし日を思い出すでしょう。けれど、見える姿聞こえる声そして何とも言えない雰囲気はもうどこにもありません。こうして、人は故郷を忘れていくのでしょう。それは仕方ないことです、とはいえ自分が育った証は故郷のどこかに残っているでしょう。だから、まだ故郷が消え去ったわけではなく、またいつの日にか訪れると思うのです。私は今案山子です、亡き人に返します、元気でいます、寂しくありませんと。

終着駅にて [うた]

雨の降る晩秋に始発列車に乗って
おおきなものの一部としての自分を都会におろして
どこか人のいないところへ行こうとしていた

大きなものの一部だけど
自分がいないとしても世の中には何の影響もない
そんな当たり前のことが理解できなかった頃一生懸命に頑張ってきた

さして大きな希望も理想もなく故郷を飛び出し
流されるままに生きてきた
気が付けば時代には取り残され
故郷は荒れ果て帰るところもない
何度もこうして始発列車で山の奥へ奥へと向かうだけ
終着駅のホームで行き止まりの線路を見ながらため息をつくだけ

折り返しの列車が到着してまた一人汽車に乗る
ぼんやり見ていた窓に日に照らされて輝く柿の木があった
季節は変わりあおのまま朽ち果てるのだろうか
そう思った時に一群の鳥が柿の木に留った
柿を啄む鳥たちを見て何かがわかった気がした
通り過ぎる景色をじっと見つめていた

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