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肥満と闘う(かな) [双極性]

今使っているフォシーガと防風通聖散はそれぞれブドウ糖を排出する、内臓脂肪を燃焼させる薬です。
いわゆる、足せる可能性がある薬ですが、私は体重が減っていません。当たり前です、沢山食っているからです。フォシーガの再吸収阻害は強力です、尿検査でマックスのブドウ糖が検出されます。一方で防風通聖散は内臓脂肪には若干の効果が見て取れます(腹が引っ込んだ)。でも、やっぱり基本は食事制限と運動のようで10月に一気に5Kg痩せたので喜んでいるとあっという間に5Kg戻ってしまいました。70kg代は久しぶりだったのに・・・、体重増加のその原因の陰には抗うつ剤があるのではないかとも思います。9年前から体重増加(スタートは60㎏代)が始まりましたが当時はパキシルやレメロンを服用していました、そしていきなりHbA1Cが上昇を始めて半年で5.2から8.6になり立派な糖尿病患者になりました。今はトリプタノールを服用していますが、副作用の体重増加との戦いは続いています。しかし、抗鬱剤の怖いところは満腹感がないところです、別に腹が減っているわけでもないのに目の前に食物があると食ってしまいます、これがまるで条件反射のように起こります。これくらい食べると気持ち悪くなるはずが食ってしますのです。これは、まさに抗鬱剤の作用の抗ヒスタミンとセロトニン代替代謝の仕業でしょう。意志の弱い私では抗しえない・・・とは言ってられない。食わないことを頑張るしかない、でも悲しいな。
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あれこれ [双極性]

12月になってしまいました、妻はまだトルコに行っています。本来のびのび羽を伸ばしているはずの私は掃除と片付けと洗濯で忙しいです。久しぶりの自炊は肉と魚ばかりで野菜不足です。仕方ないのでセロリとトマトを齧っています。先週末に3泊でヒスイ拾いに行ったのでお金がありません。近所の温泉施設に行きます、ここなら900円で済むし。仕事も溜まっています、本来11月で終わっていなければならないものが終わっていません。なんだかわかりませんが痙攣や頭痛が酷いです、薬の処方を軽くしてほしいですがなかなか言えません。本当に長いトンネルだ、時々外が見えるのに幻なかのかな。
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伝染病いやだね [双極性]

夭折と言うと私は20歳までに亡くなったと思う。20歳から30歳代の間は早世と思う。日本の場合やっぱり昔は結核が多かった。啄木や一葉、子規、重吉などみんなそうだ、もしあの時にストレプトマイシンがあったらと思う。国民病と言われた結核も多剤耐性菌を除けば不治の病ではない。そう言えばツベルクリン反応というのが昔(2005年まで)あった、注射をしてその後に出来る赤みの大きさを測り陰性、偽陽性、陽性、強陽性に分けて陰性、偽陽性には針のついたハンコで上腕にBCGを接種する。この跡があるか無いかで年代がわかる。私が子供の時には1年にこのツベルクリン反応、日本脳炎、インフルエンザと3回の注射の時間があった。日本脳炎が一番痛かったかな。最近は弊害も多いとして予防接種やらないほうがいいと言う意見もある。でも、どこかで伝染病菌は復活を狙っていると思うよ。
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やせ薬と話題の薬集合 [双極性]

糖尿病の主治医から飲んだらどうだと出されたのが防風通聖散、巷ではやせ薬として有名だ。けれども、まれではあるが間質性肺炎になることがある。私は一日二回服用していたがなぜだか熱が出る、頭が痛いといった症状が出る。副作用かどうかははっきりとわからない。いわゆるやせ薬の類で巷に出回る薬の内フォシーガと防風通聖散をダブルで飲んでいる人はそう多くはないだろう。また、前立腺の薬で違う意味で有名なザルデイアも服用している。だが、どれも効果がない、当たり前だ食べる量が減っていない、運動量も増えていない。楽して痩せるはずがないのは知っている。高校時代の48Kgから大学で53Kg
会社に入って最初の頃に58Kg、結婚して65Kg、転勤して74Kg、双極性障害で80Kg、そして現在83Kg。防風通聖散、ホントかなあ、痩せるかなあ・・・。

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いやいやプレッシャーに弱くなっている [双極性]

久しぶりに大きな会議の進行をしたら上がってしまってシナリオが真っ白になってしまった。あれ以来怖くてできない。6年間日の目を見ないところでこっそりくらしていたものが、急に太陽の下に引き出された感じだ。しかし、以前は1000人の会場で講演会とかやっても大丈夫だったのに、大体以前ならシナリオなんて必要なかったし、冷静でいられたのに。くどくど言っても仕方がないから慣れと準備でこれからは乗りきるしかないな。でもショックはそれだけじゃないよ、あの日からまた追いかけまわされているような感覚が出てきた。休みの日でもそう、なんだか浮ついたような感じになる。まずいよこれは、軽装期が来る前兆現象。気を落ち着けて何でも書きだして落ち着け落ち着け。認知行動療法と自分で言い聞かす、ここで沈めなきゃ頑張っているのが全て無駄になる。病からは逃げられないけどやり過ごす術をちゃんとしっているはずだから。

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どうやって悪夢から逃れるか [双極性]

最近同じ夢を何度も見る。どこかの火山が爆発して東京にベースサージが襲ってくる。地下街に逃げ込んだけれどサージが追いかけてくる。当然どうやったって逃げようがないのだけれど、そこで目が覚める、そしてまた同じ夢を見る。巨大な噴煙柱崩壊型だから富士山しか考えられないのだがなぜか富士山ではない。霧島山にしては遠すぎる鬼界カルデラや姶良カルデラでも遠い。破局噴火でも噴煙柱ではここまで届かない。浅間山ならありうるか、だが浅間山にはそれほどの破壊力はない。そしてあの地下街は新宿のようだが最近の新宿地下街はまったく行っていない。なんだか不可思議な夢だ、まだ続く。睡眠導入剤久しぶりに使ったのに同じだった。やなかんじだ。
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逆行 [双極性]

どうしても人に物事を頼むのが苦手
会って直接話すのも苦手
けれども誰も私のことをそう思っていない
それはずっと隠してきた
それを克服するための努力をしてきた
避けて通れば通れるものを敢えてぶつかることを選んだ
そうやって克服したが
所詮根本は変わっていない
しかも心を病みそういう舞台から離れて数年
すっかりメッキは剥げてしまった

今はだから本当は目立つことはしたくない
けれども蛮勇をふるってでもやらなければいけない時がある
しかもそれがなぜ自分がやらねばならないかという理由などない
自分にとってなんのメリットもない
それでも攻め寄せる波には逆らわねばなるまい
今日も明日もそれから先も
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悲しき病は癒えず [双極性]

最近こどものようにドキドキが止まらない。会社のプレゼンなど昔はどうってことなかったものにまで焦って言葉が出てこなくなる。頭の中が整理されていないのは薬のせいもあるのかなあ。でも中学生くらいの時の生徒会の選挙でもアワアワしていたな、場慣れは必要だ。本当は小心者かつあがり症だというのがわかってもらったほうがいいか。かっこつけても、できる振りしても今さらしょうがないし。人間は自分の力量以上のことはたいていできない、一回うまくいったりすると自分は出来る奴と勝手に勘違いする。だから私は成功体験を信じない、同時に他人に対しても必要以上を求めない。人に求めるものはほとんどないと言ってもいい、だから何もしてくれないのが当たり前で逆に何かをしてくれたらそれは感謝する。人に誂え望む心は我儘だと思うことにしている。あれ内容がどんどんずれていく、やっぱりおかしいな。双極性悪化しているのかな?鬱ではなく軽躁がきたのかな?でも高揚感はないぞ、気を付けないと大鬱状態から何かの拍子に躁転することがある、ラピッドサイクラ―は怖い。話は最近の心の状態を考えると結局子供の時のADHAや適応障害がどこかに残っているんじゃないか、と思ったということ。でもなんでも病気のせいにするなとも言われるし、一方で病気のせいでできないと思った方が楽だからと言われる、どちらにせよ私はポンコツと言うことだけは確かなようだ。
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新幹線の窓に [双極性]

別に霊感とかはありません、たぶん脳がおかしい(双極性障害だしADHDだし)から変なものが見えたり音を聞いたりするのでしょう。出張の帰りに東海道新幹線乗った時のことです。大阪駅で弁当とお酒を買い、いい気分でぼんやり窓の外を見ていた時のことでした。季節は冬、時刻は日暮れ時、場所は米原を過ぎたあたりでしょうか。空も雪が積もった線路わきの田畑も茜色に染まっていました。その中を、一瞬でした、何か薄赤い服を着た、というか白装束が茜色に染まったように見えた老婆が窓の外を通り過ぎたのです。本当に一瞬でしたがこちらをしっかと睨みつけたような気がしました。一瞬で酔いが醒めて背中が凍りつく様な気がしました。自殺者だろうかそう思いましたが社内はざわついた様子もなく車内放送もありませんでした。私はこの列車が呪われたのではないかと思い不安になりました。しかし、何事もなく東京駅へ着いて家に帰りつきました。なんだったのかわかりません、もしかしたら佐和山城の何かなんて考えましたがたぶん幻視の類だったと思います。
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私は残念な人 [双極性]

10数年くらい前にそれまでの地方回りの便利屋稼業から本社に戻ってきて、営業企画管理や物流、原料買付など山のように仕事を抱えてしまった。更には会社が合併することになると営業関係の合併の調整を引き受け、合併後は新社長の傍でいろいろと新会社の基盤整備をした。今だから笑って言えるが当時は必死だった。社長は厳しかったけれど懸命について行った、いろいろあったけれどその社長のことは好きだった。あらゆる知恵と労力を駆使して物事を考えないと気が済まない、それでもお互いに腹の内がわかればよい。ただ、自分が叱られるのはいいが他の役員さんや部長さんがガンガン叱責されるのを見るのが辛かった。間に立ってなんとか収めようとするがうまくいかないことの方が多かった。そんなこんなしていたら御用納めの前日に言葉が出なくなった。しかも頭の中が真っ白になって今までのことが思い出せない、頭の中の知恵袋が枯渇した様な感じ。これは若年性痴呆かと納神経外科へ、痴呆ではなかったので心療内科へここでうつ病と診断された。(その後双極性障害に変更)まあ、人生にはいろいろなことが起きる。そんなに大変な仕事をしていたわけではないし、ひどい扱いを受けたわけでもない、他人のせいではない。でも耐え切れなかったのは自分が残念な人間だったのだろう。

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