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悲しき病は癒えず [双極性]

最近こどものようにドキドキが止まらない。会社のプレゼンなど昔はどうってことなかったものにまで焦って言葉が出てこなくなる。頭の中が整理されていないのは薬のせいもあるのかなあ。でも中学生くらいの時の生徒会の選挙でもアワアワしていたな、場慣れは必要だ。本当は小心者かつあがり症だというのがわかってもらったほうがいいか。かっこつけても、できる振りしても今さらしょうがないし。人間は自分の力量以上のことはたいていできない、一回うまくいったりすると自分は出来る奴と勝手に勘違いする。だから私は成功体験を信じない、同時に他人に対しても必要以上を求めない。人に求めるものはほとんどないと言ってもいい、だから何もしてくれないのが当たり前で逆に何かをしてくれたらそれは感謝する。人に誂え望む心は我儘だと思うことにしている。あれ内容がどんどんずれていく、やっぱりおかしいな。双極性悪化しているのかな?鬱ではなく軽躁がきたのかな?でも高揚感はないぞ、気を付けないと大鬱状態から何かの拍子に躁転することがある、ラピッドサイクラ―は怖い。話は最近の心の状態を考えると結局子供の時のADHAや適応障害がどこかに残っているんじゃないか、と思ったということ。でもなんでも病気のせいにするなとも言われるし、一方で病気のせいでできないと思った方が楽だからと言われる、どちらにせよ私はポンコツと言うことだけは確かなようだ。
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自分のためだとて [ためいき]

山河を愛し、花鳥風月を愛し、人の心を愛し、酒を愛す、旅を愛す。私の残りの人生は愛するものと触れ合うために使おう。せちがらいこの世でくだらないことの為にすり減るのはもう御免だ。自分の為に取っておいた本音はもうそろそろ吐き出してもいいだろう。誰かのためにと生きてきた、誰かを悲しますまいと生きてきた。どだいそんな愚かな自己満足はどこかで消失する。それならば少しだけ夢の続きを見てみようか、例えどんなにつまらないものでも自分の為に。
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只見線に行こうか [たび]

まだ紅葉には早いだろうが只見線に行こうか。新幹線で浦佐に行ってそこから小出まで電車、そこから気動車で只見まで。只見より先は会津川口まで代行バスだ、赤字線だから再開が危ぶまれていたが上下分離方式になるらしい。前途多難だが頑張ってほしい、四季どれをとってもいいがやはり錦秋は格別だ。今回は奥まで行かずに入広瀬、大白川でおりてぶらぶらする。道の駅と温泉保養センターへ行くが、真の目的はきのこだ。ムキタケとナメコ、ナラタケなどが豊富にとれる場所だから、ただし今年は何処も出が悪いようだからあんまり期待していない。ブナでも見ながらのんびりするよ。
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週末どうしよう [雑談]

週末の3連休本当はどこかに出かけたいけれど少々手元不如意。ヒスイ探しには最適な季節だけど(本当に拾うのなら冬だが、日本海は荒れるから怖い)、キノコの季節だが本当のキノコ狩りには体力がない、以前白馬で死にそうになったことがある。天然のキノコの食べられる店は東京は少ない。信州や東北に行けばあるのだが、その為だけにわざわざ行くのももったいない。となると精々日帰り温泉が良いところか、さすればどこがいいか?駅近はすっかり制覇しているしマイカーを持たない私としては公共交通機関がないところは厳しい。新幹線は使いたくない、高速バスもいいのだが秋の三連休は高速が特に渋滞するから時間が宛てにならない。と考えて、青梅にきのこ園(栽培)があるようだから行ってっ見ようかな。


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新幹線の窓に [双極性]

別に霊感とかはありません、たぶん脳がおかしい(双極性障害だしADHDだし)から変なものが見えたり音を聞いたりするのでしょう。出張の帰りに東海道新幹線乗った時のことです。大阪駅で弁当とお酒を買い、いい気分でぼんやり窓の外を見ていた時のことでした。季節は冬、時刻は日暮れ時、場所は米原を過ぎたあたりでしょうか。空も雪が積もった線路わきの田畑も茜色に染まっていました。その中を、一瞬でした、何か薄赤い服を着た、というか白装束が茜色に染まったように見えた老婆が窓の外を通り過ぎたのです。本当に一瞬でしたがこちらをしっかと睨みつけたような気がしました。一瞬で酔いが醒めて背中が凍りつく様な気がしました。自殺者だろうかそう思いましたが社内はざわついた様子もなく車内放送もありませんでした。私はこの列車が呪われたのではないかと思い不安になりました。しかし、何事もなく東京駅へ着いて家に帰りつきました。なんだったのかわかりません、もしかしたら佐和山城の何かなんて考えましたがたぶん幻視の類だったと思います。
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自らを知る(一将功成りて万骨枯るの戒め) [想い]

昔から威張っている人に対して反感があった。何でも自分を基準にする人が嫌いだった。利口と思われるより少し魯鈍と思われるようにした。それは責任を負わされるのがいやだとか目立ちたくないとかではなく、本当に自分というものが大したもんじゃないことをわかっていたから。地位とか権力とか名誉とか(名誉に関しては少し気になるが)どうでもよかった。自分にふさわしくないのはよくわかっている。私が間違って地位だの権力だのを持ってしまったらそれは失礼だし不幸な人が増える。ただ漫然と仕事をこなす程度ならばできるだろうし小手先の変化くらいはつけられるかもしれない、がそこに創造や変革はないだろう。せめて若ければ頭の中に風が吹いていて雲を吹き飛ばすように新しいものが涌いてきたかもしれないが。もう50半ばである、60過ぎのお偉いさんは言う、まだそんな歳でそういうことを言うなと。だが、脳は確実に衰える、しかももともと大したことないのだから、衰えれば悲劇だ。そしてもっと残念なのは私と同じようなものなのに地位や権力を求める輩がいることだ。本人が求めるのだから仕方がないが、そのためにあちこちに不幸のタネを撒いてゆく。退く勇気が必要な時だってある、一将功成りて万骨枯るはやってはいけない。
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毬栗、草笛、忘れられない歌だけどわからない [雑談]

歌の一部は覚えているのだけど全体がわからない、ネットで調べてもわからない。そんな歌があるそれは正確ではないのだけれど「日暮れに一つ落ち葉なる小道よ毬栗一つ色鮮やか」、タイトルは毬栗(いがぐり)なのかなあ、それもわからない。教科書に載っていたようないないような。同じく「草笛吹こうよ懐かしい唄を緑の風に乗せ青空の果てまで」これも歌詞は間違っていると思うけれど、本物がわからない。やっぱり教科書にあったような気がする。それにこの2つの曲調が似ている気がする。薄い記憶なので小学校高学年から中学校までの間に出った曲だと思う。季節的に前者は秋で後者は初夏なのかな?私にはこういう歌の思い出が多い、CMなんかも脳ボケ。
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涙は軽いか [想い]

今君の心は何処にある
過去の記憶の中では美しいものはより美しい
悲しかった日々でさえ輝いている
だけど僕の過去は滲んだ涙の中にある
我慢して苦しんでそれでも泣かずに
痛いくらい目頭ツンとなって
今日を歩いている
だから君も今を歩こうよ
こんなに弱い僕だけど
背中を押してあげるから
君のためになら並みだも流すから

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山栗 [雑談]

公園の横を歩いていたら上からぺちっと音がして何かがぶつかった。地面を見たら金ぴかの山栗が転がっていた。よくよく見るとあたりに沢山の毬が転がっていた。そして側溝の脇や草むらの中に山栗があった。まるで拾ってくれと言わんばかりなので腰をかがめて拾ったらズボンのポケットいっぽいになった。家に帰って小さな鍋で煮た、小さいけれど黄色くて甘い。昔、家の周りの山に行くとたくさん採れて、おふくろとつぶしてきんとんにしたり栗ご飯にしたのを思い出した。小さな栗をいったん炒って一生懸命皮をむいた記憶が甦った。今でも誰か拾っているだろうか。
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きのこシーズンだが [雑談]

いよいよ本格的な秋のキノコが出る季節がやってきた。今年は主フィールドに全く行っていないので夏のキノコがどうだったかはわからない。天候が悪く低温だったためにある種のキノコは期待できないがある種のキノコにとっては好都合だっただろうから、多く見られるかもしれない。テングタケの仲間は多そうだな、ベニタケは普通だろうか、イグチの類はもう少なかっのではないかと想う。でもチチアワタケはたぶん豊作だろう、まあ写真に撮るだけで食べはしないから。数年前までショウロが出ていたところは最近見ない、絶滅してしまったか。そういえば千葉の山でもコウタケがとれると言う、一度お目にかかってみたい。クロカワやマツバハリタケはお目にかかっているが。
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