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真夏の夢 [双極性]

真夏の夜の夢と言うものが洋の東西をとはず短いものと言うと相場は決まっているようだ。それはシェークスピアの戯曲やメンデルゾーンの曲として人口に膾炙している。日本ではどちらかと言うと春の夜の夢だろうか。平家物語の「奢れる人も久しからずただ春の夜の夢のごとし、猛き者もつひには滅びぬひとへに風の前の塵に同じ」だろう。日本だと夏は寝苦しくて夢どころではないか、クーラーないと無理だ。九州の田舎にいる時は夜冷房なんて使ったことなかったのに、温暖化なのかそれとも関東が異常なのか。

誓い [想い]

泣くなよ、お前が悪いわけじゃない。だれも悪いわけはないんだ。人は誰かが悪いことをしたと思い込むことで心が救われると言う。そうだろうか?本当は誰も悪いことはしていないそう思う方が心が安堵する、それは私だけだろうか?人のせいにすると楽になる、それは明らかに心がゆがんでいる。鏡の中をのぞいて欲しい、まるで魔女のように歪んだあなたがいるだろう?醜くゆがまないために安易に人のせいにしたりしない、世の中悪人ばかりではなく、そう思っているあなたが悪人なのだ。だから、森に涌く泉のような清らかさで渓谷を流れる川の清冽さで生きていこう。例えそれが絵空事のように思えても。私は心と目は汚さない。

めまいが止んだ [ためいき]

数日間悩まされ続けためまいが止まった。仰向けになってもとりあえず何ともない。しかし、なんだったんだろう?最悪の高速回転で船酔い状態、気持ち悪くて仕方なかった。多分良性発作性頭位めまいだと思われるが、顎関節症の影響もあるかもしれない、病院に行く暇がなかった。それにしても辛かった、次から次に押されるように目が回ってきて立っていられない。縦回転の人もいると言うが私は横回転だった、あれから何やっても気になるから集中できない。また、復活するんじゃないかとひやひやです、

気になった歌が [うた]

サクラ~卒業できなかった君へ~と言う歌をこの間はじめて聞いた。半崎美子さんの歌でこの人、桑田佳祐ラジオで一押しで紹介されていた。夭折した友を歌った歌は多い、そしてそれが心に響くのは過去に体験したことと重なるからではないだろうか。実は誰もが多感な時期に友を失っていて、それは病や事故など理不尽だと言えるようなことだった。私も高校時代に友を失っている、遠い過去の記憶の中でそれは色あせていない。現実から一方的に排除されたものは心に映すしかできない。同性どうもそうだが異性と、特に好きだった人とはあまりに切ない。ふわふわと登ってゆく君を追いかけて追いつけないのはわかっているし、追い付いてはいけないことも。でも、この歌明るい光の下が似合う。

めまい [ためいき]

いきなりのめまいに動転した。立ちくらみなら何度も経験があるが、回転系のめまいは初めてだった。とにかく起きて歩こうとしたら目の前がぐるぐる回る。あまりにも気持ち悪いのでその場にへたり込む、横になっているとましなので横になっていた。そして今度は仰向けになった瞬間から天井が猛スピードで回り始めた、気持ち悪い頭の中が混乱する。よくなったかなと思うとまた回り始める、不安になって調べてみるとたぶん良性のめまいらしい。しかし、ここまで酷いと気がめいる、寝るときに横向きになるのだけれど途中で仰向けになってまたぐるぐる、薬の副作用もあるかもしれないなんてこと考えているが、病院に行く気はない。

夏の歌 [雑談]

夏と言えばどんな歌や俳句を思い出すだろうか?
私はまず家持の痩せたる人を嗤咲ふ歌

石麿に我物申す夏痩せに良しというものそ鰻捕り食せ
痩す痩すも生けらばあらむはたやはた鰻を捕ると川に流るな

を思ってしまう。真面目なイメージの家持が作った戯作歌です。
蕪村の
心太逆しまに銀河三千尺
宮沢賢治の
八月のよるのしずまの寒天凝膠

透明で不透明な夏の空気をよく表しています
全て食べ物である点はご容赦ください。

集中豪雨 [ためいき]

ゲリラ豪雨が続いた、いつからゲリラ豪雨なんて言い出したのだろう?昔はもっぱら集中豪雨だったのに。それにしても1時間で100ミリなんて、勿論観測網が発達してわかる場所が増えたのもあるだろうが。自分の経験では九州にいたころに経験があるが最近はない。記憶の中ではとにかく雨で前が見えない、そして息苦しかったような気がする。今の線状降水帯やバックビルディング現象なんて言葉も知らなかった。温暖化のせいなんだろうか、温度が上がれば海水温が上がり蒸発する水蒸気も増えるスーパーセルが増加する、そうすると雨の降り方も変わる、また意外と雪が増える場所もある。洪水はインフラの大敵で交通網の寸断だけでなく電気通信機器も水に弱い。戸建て住宅はどこに建っていても対策が必要、低地や川沿いだけの問題ではない。竜巻、土砂崩れなども用心。

山体崩壊のこと [雑談]

久しぶりに火山について書きましょう。火山は噴火ばかりがスポットライトを浴びますが災害と言う面では違った見方ができます。勿論、カルデラを作るような破局噴火においてはその被害は甚大で地球規模の被害を及ぼすことがあります。火砕流による直接被害や海で起これば津波、などです。二酸化硫黄やエアロゾルの増加による寒冷化があります。しかし、噴火以外に山体崩壊という大きな災害があります。これは読んで字のごとく火山体そのものが崩れることを指します。多くの火山は急激な傾斜を持ちます。ここに地震やマグマの貫入が起こると一気に崩れ落ちます。富士山周辺や岩手山、鳥海山などの大きな火山では頻繁に起きており、その名残の流れ山という地形がみられます。大災害になったのでは「島原大変肥後迷惑」の江戸時代の眉山崩壊、磐梯山の明治期に起きた小磐梯の崩壊、王滝村御嶽山の崩壊などがあります。その破壊力はすさまじく富士山クラスにもなると神奈川県のあたりまで到達する可能性があります。しかも富士山近くには起震断層がたくさんあると言うことで要注意と言われています。しかし、特に大型の成層火山にはつきものなので富士山以外の羊蹄山、岩木山、浅間山、御嶽山などは調査が必要でしょう。

陽炎、蜻蛉 [昔語り]

夏の恋は陽炎かはたまた蜻蛉か、熱き地面から立ち昇る揺らめきの中の景色かこの世に本体を置きながら異界の世界への入り口を飛び回る、あの儚き虫のようなものか。それほど身を焼き尽くすほどの恋の経験はないかもしれぬ、しかし胸をこがすような想いは何度もある。不思議なものだが何時も何気なく傍にいる人が夏休みなどで長く会えなくなるとそれは寂しい、そしてその寂しさを恋と実感する、もしかしたらそれは恋ではない場合もあるのだがその時はその勘違いすら気が付かないほど恋に恋い焦がれる。私はこのタイプではない、どちらかと言うと休みの間に知り合った人のイメージを膨らませて勝手に恋い焦がれるタイプだろう。しかも、追いかけるタイプでもないから優柔不断な自分を責めながら振り向いてもくれぬ人に想いを寄せる。ところが、時々何を思ったか行動に出てしまうことがある。止めとけばいいものをと自分ではわかっているのだが止まらない。そんなことが3度ほどあった、ところがそんな時、神の悪戯か想いが通じてしまう事があった。自分ではうまくいかないからこそが夏の恋で、勝手に書いたシナリオが崩壊する。あわてて、ハッピーエンドに書き換えようとするのだが、もとよりそんなものが書けるはずがない。なんだかギクシャクしながら秋冬を迎える、そんなことを何度か繰り返して大人になって行った。
出会いはどこにだってあるけれどやっぱり何か自分から動かないと何も起きない。たとえ一人旅だって別に出会いなんて望んでいなくたって、ふっと自分に風が吹いたら一歩を踏み出せばいい、それだけのこと。陽炎を見つけるのも蜻蛉を捕まえるのも、夏にやってみればいい、ここしかない時間だから。

夏の夜の物語 [ものかたり]

誰にもある夏の夜の不思議な思い出でしょうか。霊とかそういう神秘主義的なものを信じない私であっても出会ってしまった不思議な体験です。その日は梅雨が明け夏越し祭りの夜市が始まる日でした。子供たちは家に帰ると浴衣に着替えて商店街に飛び出しました。たこ焼きやリンゴ飴などの食べ物屋や金魚すくい、くじ引き、射的などの屋台が並びにぎわいます。私は家が遠いので帰ると直ぐに着替えて自転車に飛び乗って商店街を目指しました。家から商店街までは2キロほどの下りです。ライトをつけて懸命にこいでいると前に水色の浴衣の女の子が歩いていました。髪が長く後ろで束ねていていかにもか細いという風で赤いサンダルを履いていました。誰だろうと思ってすれ違いざまに振り返りました、しかしぼやけた顔はいかにも白く細く更に暗くてよくわかりませんでした。まあだれでもいいか、そう思いながら友達との待ち合わせ場所に行き、皆と商店街をそぞろ歩き遊びました。さて帰る段になってそういえばさっき追い越した少女は誰だったのだろう、夜市ではすれ違わなかったが。皆と別れて帰りの坂道を懸命に漕いで上がっていると前の方にあの水色の浴衣が見えました。僕は誰だろうな、見たことないなと想いながら隣りをすり抜けようとしました。すると何かが触れたような気がして振り向きました。すると女の子の姿はなく道端の薄が風に揺れていました。ただ、これだけのことです、これ以上は何も起こらなかったのです。身の毛のもよだつような後日談も涙なしでは語れないエピソードもありません。ただ、この夜市で水色の浴衣を着た人に会った友人はいませんでした。何かが私の前に現れそして消えたそれだけのことです。

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